ずっと前に、天使だった人
        「俺は昔、天使だったし」
         突然そう言ったその人の方を向けば、いつもと変わらない笑みを浮かべていた。
        「……どういう意味ですか?」
        「そのままの意味だし」
         全く、分からない。この世界に天使という種族は存在しない。それにこの人は吸血鬼と人間の混血児であって、天使の血は混じっていない。
         それとも何かの謎かけとでも言うのだろうか。
        「私には理解できません」
         この人のことに関しては、分からないことだらけだ。それはきっと、私が年若いからとか、ここに来たばかりだからとか、そんなことは関係ないのだろう。八尋も時折愚痴を零す時があるのだから。そんな時藤川さんや副長がいれば、苦笑をこぼしているのだけれど。
        「……昔天使だったと言うのでしたら」
         思わず言葉に詰まる。この先は、言ってもいいのだろうか。
         無言。でも、その瞳は先を促しているように感じた。
         その視線に、逆らう術を私は知らなかった。どうにも、弱いのだ。あの冷たい視線には。
        「今は何に、なったんですか」
         その言葉に先程とは違う笑みを浮かべた。
        
        「さあ、なんだろうな?」
      
巡々三十題「ずっと前に、天使だった人」