明けない夜はないと信じてみてもいいだろうか
                 僕は生まれながらにして、他人の心の声が聞こえてしまう能力持ちだ。比較的珍しい音の術持
                、その中でもさらに珍しい能力だろう。同じ能力を持っている人の話を聞いたことがない。このまま何の対処も出来ずに、この能力と付き合っていくことになるのだろう。そう思うとげんなりとした気分になった。
                 自警団「邏守隊
                」に拾われて数日、ようやく楽に起き上がれるようになったころ、僕の世話をしてくれている空と一緒に見慣れない人が入ってきた。青を基調としたその人は、片方しか見えない薄い色の瞳でこちらをじっと見た。
                「ゆーくん、この人は暁さん! とっても強いんだよ」
                「はじめまして、ユウさん。俺は黒乃暁、ここでは戦闘部隊長を務めてるし」
                 口元に薄く笑みを浮かべながらそう名乗った黒乃暁さんは、僕とそこまで大きく年齢が離れていないように見えるのに、何故だかとても老成しているように思えた。人間ではないのだろうか。
                「えっと、一之瀬悠です。よろしく、お願いします」
                 黒乃暁さんを紹介したら、空はちょっと用事があるからと部屋を出て行ってしまった。少し残念な気持ちと、初対面の相手と二人残されてしまった不安が襲ってくる。
                 相変わらず口元に薄い笑みを浮かべているその人を、恐る恐る窺う。
                「あの、暁さん、で良いんですか?」
                「好きに呼んでくれて構わないし」
                「じゃあ暁さんで。暁さんも多分知っているとは思うんですが、僕は他人の心の声が聞こえてしまうんで、不快にさせてしまうと思うんですが……」
                「本当にそうだし?」
                「え?」
                 暁さんの言葉の意味が分からず、思わず聞き返す。本当にそうか、とはどういう意味だろうか。
                「今俺の心の声は、聞こえているか?」
                 その言葉にハッと気付く。むしろ何故今まで気が付かなかったんだろうと思うほどに、暁さんという他人がいるにも関わらず静かだった。遠くから微かに他の人に心の声が聞こえてきてはいるが、暁さんは同じ部屋にいるのにも関わらず、全く心の声が聞こえてこなかった。
                 今更ながらに気付いたことに驚きを隠せないでいると、暁さんは「成功みたいだし」と口元の笑みを深くした。
                「俺の能力は「闇」。知っての通り影を操ったり、影にモノを沈めたり浮かび上がらせたりすることが出来るし。だから口の中に影を広げて全て沈めて、振動だけを外に出してみたんだが……これで対処は出来るみたいだし」
                「む、無茶苦茶だ……」
                「無茶苦茶でも成功したんだから良かったし。じゃあ俺は最終調整があるから。また後で来るし」
                「は、はあ……」
                 あまりにも横暴な理論で僕の悩みを吹っ飛ばしてしまった暁さんは、そう言うと部屋を出て行ってしまった。最終調整って何のことだろうか。
                 そう時間を空けないで再び扉が開いた。入ってきたのは空で、手しているお盆の上にはケーキと紅茶がのっているようだった。
                「暁さんとのお話し終わった?」
                「ああ。暁さんは最終調整がどうとか言って行っちゃったけど……」
                「そうなんだ! もしかして暁さんのお試し、上手くいったの……?」
                 ドキドキそわそわと言った感情がダイレクトに伝わってくる。大分心配していたらしい。その感情がどうにもくすぐったくて、なんとなく居心地が悪い。
                「多分。成功だって言ってたし」
                 そう告げると空の表情がパァッという擬音が付きそうなほどに一気に明るくなった。
                「そっか、そっか! 良かったの」
                 にこにこと無邪気に笑う空。心の底から喜んでいるのが分かって、なんとなく、なんとなくだけど不安な気持ちになる。
                 空は裏表がない。考えていることと言っていることがほとんど同じだ。初めて会話した時に他人の心の声が聞こえてしまうなんて気持ち悪いだろうという問いに、そんなことはないと返してくれたけれど。それでもやっぱり不快感はあるのではないだろうかと疑ってしまう。そんなこと、聞く勇気はないのだけれど。
                 僕が思考に沈んでいる間に、空はサイドテーブルに紅茶とケーキを広げていく。三人分あるけど、暁さんが戻ってくるのを待つべきだろうか。
                「ゆーくんは甘いの平気?」
                「どうだろう……あんまり食べたことないから……」
                「じゃあ今回はチーズケーキがいいかな? 甘すぎなくて食べやすいと思うの」
                 空の言葉に頷いてケーキを受け取っていると、ドアがノックされる音が響いた。
                「暁だし」
                「あ、はい。どうぞ」
                 そういえば空はノックなしで入ってくるな、なんて思いながら暁さんに返事する。
                 入ってきた暁さんは手に何かを持っていた。なんだろう、あれ。
                「ユウさんにプレゼントだし。このイヤーマフには俺の能力がかかってて、これをつけている間は心の声が聞こえなくなるはずだし」
                 そう言って手渡されたイヤーマフとやらは黒一色で出来ていて、どこかに影が混じってても気付けないな、なんてどうでもいいことを思った。
                「もらって、いいんですか?」
                「勿論。むしろユウさん専用の物だから受け取ってもらえないと困るし」
                 そう冗談のように告げた暁さんの好意を有り難く受け取って、早速イヤーマフをつけてみることにした。
                 どうなるんだろうとドキドキしっぱなしの空の心の声が、イヤーマフを耳につけた瞬間、聞こえなくなった。
                「静か、だ……」
                 思わず声が零れた。
                「それは良かったし」
                「良かったね、ゆーくん!」
                 二人の言葉にハッとする。それは本心なのだろうかと疑い、少しでも探ろうとした自分がいたことに気付いた。自分で思っていた以上に、僕はこの能力に頼っていたらしい。
                「ありがとうございます、暁さん」
                「お礼ならソラさんに言ってほしいし。ソラさんがユウさんが大変そうだからなんとか出来ないか、って相談に来たから俺は手を貸しただけだし」
                「それでも。ありがとうございます、暁さん。だいぶ楽になりそうです。空も、ありがとう」
                「どういたしましてなの!」
                 にっこりと笑った空が、おやつにしようとケーキに手を伸ばす。
                 暁さんも近くにあった椅子に座りながらケーキを受け取る。
                 ああ、なんだろう。
                 この妙に静かで、でもどこか優しい賑やかさの中で思う。
出来ることなら夜明けが、優しい色をしていればいい。
独白10題「明けない夜はないと信じてみてもいいだろうか」